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徳山美奈子作曲作品
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ムジカナラ (楽譜)
編成:ピアノソロ

ムジカナラ (CD)
編成:ピアノソロ

ゲンダイ音楽○○フォニーからの脱却


ムジカ ナラ 作曲裏話

<現代日本の曲>としてピアニストが海外に持って行きたいと思う音楽、難しいだけではない、頭だけでもない
身体もある音楽、そして何より弾いて楽しい音楽、勿論聴いて幸せになれる、そんな曲を書こう書こうとしても、全く音は浮かばなかった。
一音も書けないままに一日が過ぎ、窓から庭を見つめるとひらひらと黒いアゲハ蝶が優美に舞っていた。
<夕暮れに ふとあらわるる 黒アゲハ 姿変えたる みほとけの 御顔>

「蝶が書きたいな」

アイデアはそれだけで、それからも何も進まなかった。

一度だけ魚釣りをした経験があるが、釣ろう釣ろうとしても相手は魚、焦るほど無駄だと思い、時の経過と自然の中で自分が<無>になった瞬間、魚がかかった。

作曲もそれに似ていて、音が心に聴こえてくるのは自分が<無>になった時だ。
恩師、ユン イサン先生は私が書けなくて苦しい時、こうおっしゃった。

「出る音を強要しないで。丁度よい子がよい事をやっているのに、欲心で親がその出る芽をかえって摘む事がある。すなおな子はすなおになる事にまかせて」

自分を<無>にするには東京は雑音が多すぎる。
あまりに雑音が多すぎて心の奥からの音が聴こえてこない。
その音を聴くために、私は夏、実家のある奈良に行った。
夏の夜の地蔵盆、東大寺の山の上で幻想的に子供たちが夏祭りに興じていた夜、突然力強く、腹の底から響くように鐘が鳴った。

その瞬間、私は<無>になったのだ。

「この響き!この鐘の音で何か書ける!」

一旦帰京して今度は秋にもう一度奈良に行った。
今度は鐘の音だけを聴きに。
両親は私をまず岩船寺に連れて行ってくれた。ドビュッシーがここを見て<水の反映>を作曲したのではないかと思うような山深い寺。鯉や蛙やとんぼ、蛇などの小動物の遊ぶ池に鐘が響いた。
次は浄瑠璃寺。
この世の彼岸を現わしたというこの美しい寺の池の端に息子がかがむと、沢山の子亀たちがいっせいに泳ぎ集まってきた。静寂と清浄の庭に、突然ひらひらと東京では見たことのない、大きな紫色の二匹の蝶が戯れながら飛んで行った。

「そうだ、蝶そのものを現わそうとするから書けないのだ。
 蝶をとりまくこの大気を現わそう!
 生きとし生けるものすべてへの恩に満ちたこの大気が描ければ、蝶はその中で自由に飛びまわれる!」

と思った時、夕方五時に鳴る鐘が鳴った。
遠くに響くような女性的な、上品な音色。
「私はここの鐘が一番好き」と母が言った。

夜は八時に鳴る東大寺の鐘を聴いた。
僧兵を思わせる男性的な力強い音。
この音で私の曲、ムジカ・ナラは始まる。
そしてその一瞬で曲は出来上がった。
あとはそれを東京に帰って、紙に書き写すだけだ。

奈良で見た山中の石仏、わらいぼとけさんや、邪鬼やお地蔵さんや仁王も登場して奈良のいにしえから現代までを蝶に導かれて旅をするような音の世界<ムジカ・ナラ>。

ベルリン留学時代の下宿の女主人で、音楽愛好家のヘルタはよく私に言った。
「美奈子、現代音楽って、ハーモニーでもポリフォニーでもない、○○フォニーよね!あなたはそんな○○フォニーを書かないでね。私は日本に行ったことがないから、日本も日本の歌も知らないけど、ラフマニノフがロシアの心、ショパンがポーランドの心を聴く者の心 と共鳴させて感動を起こすように、美奈子は日本の、そう、日本の子供の心よ!それで素敵に美しい曲を書いてちょうだい! ○○フォニーだけはヤよ。」

あれから沢山の若いピアニスト達がこの曲をレパートリーにしてくれている。
演奏賞を受賞したウクライナのピアニスト,アレクセイ・ゴルラッチは「僕はこの曲に恋をしてしまった」と言った。

○○フォニーではない現代音楽を書けたか、と思わせてくれた一言だった。


                                   徳山美奈子  2008、2.22


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